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ご長寿猫の医・食・住―11歳以上でも大丈夫!
ご長寿猫の医・食・住―11歳以上でも大丈夫! (JUGEMレビュー »)
井上 緑,小方 宗次,金安 まゆみ
ご長寿猫さんと暮らした方の体験談や一度は考えておきたい事、介護のコツ等も載っています。とても参考になる一冊です。
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健次郎
甲状腺機能亢進症、慢性腎不全、膵炎等 沢山の病気と闘いながらも、20歳9ヶ月まで 一緒に居てくれました。 このブログの最初の主役です。

雪音
健次郎の相方。 1995年10月生まれ 2017年の春から 原因不明の肺の病と闘い、 8月21日に健次郎の所に旅立ちました。 このブログの2番目の主役です。

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健次郎と義母
0
    先日、義母が『健次郎が亡くなったの7月だったよねぇ』
    というような事を言いました。

    私は、覚えていてくれたんだ・・・。と思いつつ
    『7月の20日だよ。』と。

    すると義母は、
    『健次郎にあげる物、美味しいのがいいだろうけど、
     何が良いか分からないな・・・。』って言って。
    健次郎のお供えをあげようとしてくれていました。

    『私が買うから大丈夫だよ。』と私。

    私は義母が覚えてくれていたことも有り難かったけど、
    何かお供えをって考えてくれたことが嬉しかった。


    去年も健次郎が旅立った後、何度か義母の優しさを感じた話を
    しましたが、この事も本当に有り難いなって思いました。

    動物が苦手だったのに、健次郎や雪音と暮らして、
    だいぶ大丈夫になったのかな。
    健次郎と雪音だけかも知れないけどね^^;

    私が健次郎や雪音を大切にしている事を理解してくれているだけでも
    本当に本当に感謝です。


    さて、命日には健次郎に何をあげよう。。。

    『え、美味しい物くれるの?』

    こんなに可愛いんだもの。愛されるよね(^.^)
    | 旅立ちの事 | 21:40 | - | - |
    今年を振り返って(7月の写真。そして旅立ち)
    0

      本当は、7月の事を振り返るのは止めようかとも思いました。

      7月に書いた事、その後の私の気持ちはもう書き尽くしたと
      そう思ったから・・・。

      だけど、やはり健次郎の旅立ち直後と今の気持ちには多分
      少しだろうけど違いがあるのかも知れません。

      健次郎が旅立った直後はずっと健次郎の事ばかり想って…
      ずっと心の中にいる健次郎に話しかけていたように思います。

      それが、少しすると健次郎が居ないという事を本当の意味で
      受け入れていったような気がします。
      健次郎が居ない毎日をこんな風に過ごしていくのだなぁって。

      そして、今は、やっぱりまた健次郎が心の中にずっといます。
      でも、それが・・・なんて言ったらいいんだろう。。。
      そうだ、魂。姿じゃなくて、存在と言うか、形は重要じゃなく
      健次郎の心がずっと私の中に存在している感じがします。

      健次郎が旅立った日。
      ここにも書いたように、私たち夫婦の結婚記念日でした。
      婚姻届を出したあの日と同じ日にちの朝を、健次郎の旅立ちと
      いう形で、その十数年後に迎えるとは…。

      本当に偶然とは思えませんでした。
      絶対に忘れられない日に、健次郎は旅立って行きました。

      その日は、私が新しい出発をした日でもありました。
      それを健次郎は見届けてくれたのです。

      健次郎が動けなくなっていって、旅立つまでの日々。
      その時は、一日一日がすごく大切で、とても長く感じたけど、
      こうして振り返ってみると、1ヶ月半くらいしかありませんでした。
      心配掛けたくなかったのかな…。

      健次郎は、本当に最期まで親孝行で、とっても優しい仔でした。
      旅立ちも本当に穏やかで、ロウソクの火が消えるように、
      スーッと静かに、お空に上って行ったのだと思います。

      健次郎が縁で出会った沢山の仲間にも本当に支えられました。
      ここで、今一度お礼を言わせてくださいね。
      みんな、本当にありがとうね。


      最後に。。。
      健次郎、本当に沢山の楽しい時間を私にくれたね。

      健次郎と出会えて本当に本当に幸せだったよ。

      | 旅立ちの事 | 23:40 | - | - |
      健次郎の優しさ
      0

        今日は健次郎が旅立って4回目の月命日。そして、その時間を迎えます。
        健次郎と会えなくなってもう4ヶ月。早いですね・・・。

        健次郎との別れの時を何回かこのブログでも書いていますが、
        私は最初の頃、健次郎が私の寝ている間に旅立ってしまった事が
        ちょっと残念でした。

        その瞬間を看取れなかった事を、少しだけ何で?どうして?と
        正直思った事がありました。

        健次郎の残された時間が本当に後僅かだと感じたときから、
        ずっと一緒に居て、きっとその瞬間も見ることになるのだろうと
        思っていたから、そうじゃなかったことが予想外と言うか、
        考えてなかった事だったのです。

        でも、時が経ってあの時より冷静になって少し深く考えてみたら、
        健次郎が私に旅立ちの瞬間を見せなかった事は、
        最後の健次郎の優しさだったのかなって・・・今は、そう思います。

        本当の最期の時を看取ってあげたかったけど、多分健次郎は
        「母ちゃん意外と弱いから、ボク母ちゃんが寝ている間に行くね」って
        そんな風に旅立ったんだろうなって。。

        4ヶ月経って、心の中のほんの少しの本当にちょっとだけの、
        心残りだった事を、そう思えるように、そう思うようになりました。

        毎日、健次郎の事を思い出さない日はないけど、それでも
        私は前に前に進んでいるよ。
        だから健次郎、心配しないでね

        今月も健次郎に美味しい物をお供えしました。
        (それは、こちらから。)

        今日の写真は・・・

        2002年のものです。
        丸々だったね〜

        | 旅立ちの事 | 02:19 | - | - |
        素敵な言葉をありがとう
        0

          健次郎が毎日のように夢に出てきています
          何でかな?

          この前夢を見た時は、朝起きた時に寂しさがあったけど、
          これからはきっともう大丈夫です。

          お友達がこんな言葉をくれたから・・・。

          『健次郎くんを忘れないということは、前に進んでないということではなく、
           健次郎くんがemuさんをサポートしながら共に少しずつ進んでいること。

            だって、こんなに大好きなのに忘れられないですものo(^-^)o    』


          私は、この言葉がすごく嬉しくて・・・本当にそうだ。って思いました。
          そして、最後の一行に涙があふれました。

          そうだよね。きっと私は今、
          健次郎に見守られながら進んでいっているんだよね(^_-)-☆
          ホント忘れられないよ。忘れないよ。あんなに大好きだったんだから。。。

          Tさん、本当に本当にありがとうございました。


          この言葉を頂いてから見た夢。

          私は夢の中で、健次郎を抱っこして高くあげていました。
          そして、夢だと分かりつつ、
          「こうやって、楽しく過ごせばいいんだね」と
          健次郎に語りかけていました。

          健次郎も、それを分かっているかのように、
          「にゃ〜(そうだよ〜)」と鳴いていました。

          健次郎の毛の模様一つ一つまでクッキリ見えた夢でした。


          もう私は、夢から覚めても寂しいと思わないよ。
          また明日も夢で会えるかも知れないからね

          健次郎は居ないけど、その存在は消えない。

          寂しいけど、寂しくないよ。また夢でもいいから会おうね。
          明日は何をして遊ぼうか?
          モフモフしてもいいし。スリスリもいいな。
          って、私ばっかり楽しいね

          あ、そうそう。健次郎!
          チャ○丸くんにもお姉ちゃんに会いに行くよう伝えてね


          おもちゃで遊ぶ健次郎

          2003年9月撮影

          | 旅立ちの事 | 23:27 | - | - |
          健次郎からの伝言(手紙編2)
          0

            健次郎が年を取って高齢になってくると、色々な病気にもなりました。
            私も、そこから学ぶ事が多くなっていきました。

            今日は昨日の続きを話してくれるそうです。

            健次郎からの手紙(闘病編)です↓

            続きを読む >>
            | 旅立ちの事 | 23:19 | - | - |
            健次郎からの伝言(手紙編)
            0
              もう直ぐ、健次郎の四十九日です。
              以前書いたように、私はそういうのを覚えておくのが
              得意じゃなくて、きっといつの間にか過ぎるものだと
              思っていたのですが。。。

              義母がお線香をあげてくれていたのと
              カレンダーにそのための印をつけていたので、
              私もそれを感じて過ぎて行きそうです。

              今、もし健次郎から手紙をもらったら
              こんなことが書かれているかな。
              書かれていたらいいなと思って、書いてみました。

              健次郎からの手紙(青春編)です。↓に続く。

               
              続きを読む >>
              | 旅立ちの事 | 12:25 | - | - |
              健次郎闘病の記録
              0
                JUGEMテーマ:病気と闘う猫

                健次郎の闘病最後の月、7月の様子を、本家HP
                健次郎&雪音」にUPしました。
                にゃんこも高齢化(?)」の部屋からどうぞ。

                ずっと書けないでいたけど、やっと書けました。
                振り返ってみると、長い時間闘病して頑張ったねと実感。

                闘病中は、色んな事があって、病気も色々出てきて、
                私も、健次郎を頑張らせているのかな…って、
                悩む事もあったけど。
                健次郎は、私のする事を受け入れてくれていた様に思います。

                去年の7月の様子。。。

                撫でながらだと、こんなんだったものね

                甘えん坊で、抱っこも大好き

                emuの事も好きだったよね?


                投薬も強制給餌も、ほんとはちょっと嫌だったかも知れないけど、
                健次郎は受け入れてくれていたんだね。


                私は、ずっと動物看護師をしていた事もあって、多分治療には
                積極的な方だったと思います。

                健次郎が主に闘った、甲状腺機能亢進症や慢性腎不全に関しては
                特に勉強もして、自分なりにしてあげたいと思った事は、
                健次郎の主治医に相談もしました。

                皮下点滴や血圧測定、血液検査、投薬、強制給餌。
                健次郎はこれだけ頑張ってくれたんだね・・・。。

                私も、健次郎が私のところに来なかったら、こんなに
                色々頑張らなくて済んだのかなぁって思うこともありました。

                その事で悩んでいたときに、去年の勉強会で聞いた講義が
                心に残りました。(こちらの記事)
                ※以前読んで下さった方は繰り返しになってすみません。


                病気の種類が色々あり、闘病する猫がそれぞれいて、
                それをお世話する方も沢山いらっしゃいます。
                私は、その一つ一つに、闘病のかたちがあるんじゃないかと
                思っています。

                健次郎は私だからこそ、私のすることを受け入れてくれたのかも。
                もし、kinが主にお世話する人だったら、また別の道があったのかも。

                でも、健次郎は私を選んだ。そして私も。。。

                愛する子の闘病中は本当に沢山の辛い事や悩みがあるかも知れません。
                その色々なケース、それぞれのかたちで、お互いに無理しない闘病が
                出来ますように。難しい事だとは充分分かっていますが、
                私はそう願っています。
                | 旅立ちの事 | 18:32 | - | - |
                健次郎からの伝言(絆編)
                0
                  健次郎が病気になって、心配で心配でたまらなかった時、
                  支えになったのは、前にも書いたように多くの仲間でした。

                  健次郎の事を気にかけてくれて、遠くからずっと
                  見守ってくれていた友人もいました。

                  そして、沢山の励ましや応援の声、温かい気持ち・・・
                  それらがどれ程私の弱い心を支えてくれた事か。。。

                  この健次郎のブログを通じて、私は本当に素晴らしい仲間と
                  知り合うことが出来ました。

                  健次郎が亡くなった後も、メールで健次郎へのお悔やみを頂き、
                  犲造呂困辰肇屮蹈阿鯑匹鵑任い泙靴拭瓩覆鼻健次郎を
                  応援して下さっていた方々の存在も知ることが出来ました。

                  世間では、インターネットやブログなど、顔の見えない相手との
                  交流を不安視する声もあります。
                  確かに、一部では危険な事もあるのかも知れません。

                  でも私は、これは本当に個人の意見として読んで頂きたいのですが…
                  私は、このブログを書き始めて、そしてずっと続けて良かったと
                  思っています。

                  顔も知らない仲間。私にはそれでも友と呼べる仲間が沢山います。
                  その人達に、どれ程勇気を貰ったでしょう。

                  (ネット上での交流の仕方、コミュニケーションの仕方については
                   自分の責任で行わないといけません。その事はよく理解してください。)

                  私は、ここや別のところでもですが、心強い仲間を得ることが
                  出来たことを本当にありがたいと思っています。

                  健次郎からの伝言の中で、特に私が大事にしたかったのは、
                  その事でした。

                  ブログの冒頭、始めに・・・ にも書いているように、
                  みなさんも沢山の素晴らしい仲間と出会えたらいいなと思います。

                  もちろん身近な誰かでも構わない。。。
                  とにかく、独りで何もかも抱え込んでしまって
                  辛くて辛くて堪らない、なんて事にはならないで欲しいのです。


                  健次郎からの伝言・・・仲間、そしてその[絆]を大切にしてね。



                  私はきっとこれからも沢山の仲間に支えられていくでしょう。
                  | 旅立ちの事 | 17:00 | - | - |
                  キミが残してくれたもの
                  0
                    昨日、義母が「健次郎が亡くなったのは7月のいつだった?」と
                    聞いてきました。
                    私は「20日だよ。でもなんで?」と、急にそんな事を聞いたので
                    不思議に思いました。

                    すると、義母は「四十九日まで、お線香あげようと思って・・・」と。
                    義母は健次郎が亡くなってからずっと、お線香をあげていてくれたのでした。
                    私はまた、その気持ちが嬉しくて、ジーンと来てしまいました。

                    義母は、健次郎たちと暮らすまで、どちらかというと
                    動物が苦手な人でした。
                    過去形でなく、今もきっと苦手なんだと思います。

                    でも、私がゆきけんを連れてkinの両親とも暮らすようになって
                    本当にちょっとずつですが、猫(と言ってもゆきけんだけかも)は
                    大丈夫になって来ました。

                    それでも、一緒に暮らすようになった当初は、本当に特に
                    健次郎を怖がっていました。
                    前記事にも書いたように、健次郎の若いころは、ちょっと…
                    だったので(汗)義母はどう接していいか分からなかったようです。

                    健次郎より(かなり)大人しい雪音とは少しずつ仲良くなり
                    雪音も義母に甘えるようになって、それで義母も徐々に
                    健次郎や雪音を可愛がる様になっていった気がします。

                    子供のいない私たち夫婦なので、健次郎と雪音は、義父母には
                    孫のような存在にもなっていきました。

                    初夏の暑い日、エアコンをつけないで仕事に行ってしまった時も、
                    ゆきけんを心配して、様子を見てくれたり、私たちが泊り掛けの
                    旅行に行っていた頃は、食事のお世話もしてくれました。

                    私は…私に限らず誰もでしょうが、義父母と同居する事になって
                    最初は不安もありました。
                    でも、それをゆきけんが救ってくれたことが何度もありました。

                    健次郎や雪音を通じて会話が増えることもあったし、行動でも
                    その場がなごんだりもしました。
                    本当に、ゆきけんと一緒に迎えてもらって良かったと思います。

                    そう、そして昨日の義母の言葉・・・。

                    また義母の優しさを知って。私は素直に直ぐ
                    「ありがとう。」って言えたのでした。

                    本当にすごいね。キミが残してくれたものは・・・。
                    ねぇ、健次郎。キミにも本当に感謝だよ(*^_^*)
                    | 旅立ちの事 | 01:39 | - | - |
                    月命日(健次郎の日)
                    0

                      今日で健次郎が旅立ってから1ヶ月です。

                      少し前までは、20日になったら1ヶ月前の事を時間毎に
                      思い出して悲しくなったりするのかなと思っていましたが、
                      もうあまり健次郎の最後の頃のことは思い出さなくなりました。

                      意識的に、そんなに考えないようにしているのも、
                      少しはあるかもしれないけど、元気だった頃の健次郎を
                      想っているほうがずっとずっと私も元気でいられるからかも…。


                      午前中は大雨だったので、家でのんびりしていたのですが、
                      午後、元職場の動物病院にやっとお礼に行ってきました。
                      院長と健次郎の若かりし日の事を色々話して、懐かしかったです。

                      私と病院に通勤していたのは何年くらいだったかなぁ・・・。
                      それを考えると、ホントに私と健次郎はずっと一緒だった時間が
                      長かったなと改めて思いました。

                      若いお姉さんが好きで、好みがはっきりしていた健次郎
                      受付にいつもいた健次郎は、自分好みの女の人が来ると
                      自分からアピールに行っていました。
                      (紐で繋いでいたので、行けるところまでね…。)

                      健次郎がきっかけで親しくなった飼い主さんもいました。
                      時はちょっとご迷惑おかけしたり(すみません

                      健次郎は、親バカ目線もあるかも知れないけど、本当に
                      頭が良くて賢く、とっても面白い猫でした。

                      そして、意外と(子猫)に優しかったり?
                      雪音が保護されていた時も直ぐに仲良くなったしね。


                      病院に一緒に行っていた頃の健次郎は一番やんちゃな頃だったので
                      スッタフにも迷惑かけた事があったと思いますが、本当に
                      パワフルで元気な時代だったなぁと今は思います。

                      その頃の健次郎の話をしたのは久しぶりだったので、
                      しんみりするかと思ったけど、楽しかったです。

                      健次郎は私や私の家族と暮らしてはいましたが、本当に
                      沢山の人に知ってもらっていて、そして可愛がってもらって
                      いたんだなぁって、改めて感じました。


                      ※昨日は、健次郎に久しぶりにブリ大根をお供えしました。
                      (詳しくはこちら

                      私の大好きな健次郎の手

                      もう触れなくなっちゃったけど、その感触はずっと忘れないよ

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