一定期間更新がないため広告を表示しています
今日は健次郎の日。
そして明日は雪音の日です。
早いもので1ヶ月経ちました。
今日は今思う気持ちを書きたいと思います。
雪音の病気が分かった時、私は、
信じられないと言うよりかは
雪音は大丈夫何じゃないかと、
最初思いました。
だって、21年も殆ど病気をせずに
元気にしていたのですから…。
レントゲンを見て説明を受けても
どこか、実感はなかったんですよね。
でも、雪音の咳は止まらずに、
再検査したらレントゲンに映る
肺の影が広がっていました。
そこで、やっと実感もしたし、
先生に言われたように、これが
雪音の最後(最期)の病気になるんだろうな
と思いました。
私が選択した事や治療については
今でも後悔はありません。
特に酸素ハウスは借りて、
本当に良かったと思っています。
雪音は、さっき書いたように
ずっと健康でしたが、ここ数年は
便秘に悩まされていました。
特に、今年に入ってからは先生の
勧めも有り、自宅で小児用の浣腸液を
使って数回浣腸をしていました。
脱水も有りましたが、高齢のため
食べた物をうまく出せなくなるくらい
自律神経が働かなくなってきている
のだろうと先生は言っていました。
前にも書きましたが、浣腸は
雪音にも私にも辛い処置になって行きました。
雪音が食べなくなった時は心配も
有りましたが、浣腸をしなくてよくなり
正直ホッとしました。
その後は軟便〜時々下痢になったけど、
食べてない割には少しずつ出ていました。
雪音のお世話をするのは、私には
楽しくもありました。
雪音は呼吸が辛かっただろうけど…。
私に最期までお世話をされてくれました。
手のかからない(子猫時代を覗いて)子
だったので、最後は私に、
母ちゃんらしい事をさせてくれたんだと思います。
雪音の闘病はやっぱり短いと感じます。
健次郎比べると、ほんの一瞬だったと
思ってしまうくらい…。
だけど、まだ日が浅いので
色んなことを覚えているけど、
いつかは少しずつ記憶が薄れていくんだろうな。
でも、それでいんです。それがいいんです。
辛そうだったり苦しそうだったりした
愛する子の姿は、やはり見る方も
辛くて苦しいと思うから。
だから、忘れていいよーって。
健次郎のことは、本当に最後の日の事しか
覚えていません。
雪音の事も時が経ったら、そうなると思います。
今日は健次郎の日なので、お供え何あげようかな。
明日の雪音のためにお花も買って来ようと思っています。
まだ書きたい事があるのですが、
それは本家ブログに書きますね。
JUGEMテーマ:ペット
今日、7月20日はこのブログの最初の主役
健次郎の命日です。
早いもので6年が経ちました。
6年経っても、健次郎との日々は愛おしく
とても大切な時間でした。
今年は、雪音の闘病もあり、これまでより
健次郎の時はこうだったなとか思い出す事が多いです。
でも、健次郎の元気な姿も沢山思い出します。
懐かしくなり、昔の写真を見てみました。
いくつかするので、イケメンの健次郎を
見ていってくださいね
最後に私の好きな写真。
本当に本当に甘えん坊で
イケメンでお利巧さんで
かわいいこでした
これからもずっとずっと大好きだよ
JUGEMテーマ:ペット
お久しぶりです。
2016年7月になりました。
今月の20日で、健次郎が旅立って
5年になります。
アッと言う間だったなぁ・・・。
健次郎は今も私と一緒にいて
時々、本業のお仕事の時に
話をさせて頂いています。
今月に入って、いつもよりも
健次郎に会いたくなりました。
今日は、旧HPの画像を発見!
懐かしくて、暫く見入ってしまいました。
大げさでは無く、私の人生を変えた猫
それが健次郎でした。
健次郎がいなかったら、今の私は
別の生き方をしていたかも知れません。
だから
今だからこそ、健次郎に
ありがとう と言いたいです。
懐かしい〜
やっぱイケメン♡です。
健次郎 会いたいよ。
とっても大事で、唯一無二の存在。
そう分かっていたけど、別れてみて改めて実感。
時間が経って、その存在が大きかった事に更に驚く。
今朝、久しぶりに健次郎に関する夢を見た。
でも、夢の中でも健次郎にはもう会えなくなっていて、
姿を見ることが出来なかった。
あーあ、残念。
せめて夢では、元気な健次郎が見られると思っていたのにな。
心の弱い母ちゃんだから、姿を見せてくれないの?
ふと思えば、病気が分かってからその事の夢を度々見る。
だって、やっぱりどこかで怖いんだもん。
心配し過ぎなのは自分でも分かっているよ。
ねぇ、健次郎は、自分の身体が動かなくなっていく時、
何を想っていた? 痛くは無かった? 怖くなかった?
うん。大丈夫、動けないんじゃないし。
きっとそのうち治るよね。
だから、せめて夢では、何もかも忘れて健次郎をギューって
抱きしめさせて。
健次郎に会えたら、また頑張れる気がするなぁ。
強い母ちゃんにも戻れるよ。
今日、健次郎の命日を迎えました。
あれから1年が経ったのです。
今朝は今までの暑さが嘘のように涼しくて。
でも、去年と同じような薄曇の日でした。
朝、目が覚めた時の感覚が、去年のあの時と
少しだけ似ていて・・・いつもとは違う切ない気持ちもありました。
私は、健次郎が亡くなった時の事はホントあまり思い出さず、
いつも楽しかった時の事を思い出すことの方が多いのだけど、
やっぱり今日は、今日だけは、あの朝の事も思い出しました。
今、その時の事を少しだけ振り返って話すとしたら、
私は、健次郎の呼吸が止まっているのを確認した時、
『ああ、ついに別の世界に行ってしまったんだね。』
と、そう思いました。
その少し前の容態から、健次郎の旅立ちがそう遠く無い事は
分かっていたし、自分なりに少しずつ心の準備はしていたので、
不思議と動揺するとかは無かったと思います。
それとね。
今だから・・・きっと初めて書くことかも。
健次郎を荼毘に付したのが当日だった事。
kinと私がその日休みだったというのもあったけど、
実は私の中ではそれだけじゃ無かったの。
何度かこのブログで書いたけど、健次郎は若い頃ずっと
やんちゃで、めちゃくちゃ元気でワイルドで・・・
だから、動かない健次郎を見るのが本当はちょっとだけ
辛かった。切なかったのです。
去年の記事に書いた様にまだ一緒にいたいという気持ちもあったけど、
早くお空に返してあげたいって言う気持ちも心の中にあって…
だからその日のうちに、健次郎を空へ返しました。
でも、健次郎はもっと傍に居たかったかな、と後から
思ったりすることもあった。
だけど、姿形ではないところで、私と健次郎は繋がっている。
そう信じていた(信じている)ので、今でもこの事は
後悔してはいません。
健次郎と過ごした20年ちょっと。
今思い出しても、本当に幸せでした。
多分、来年も再来年も、きっと同じ事を思い、
健次郎の命日を過ごすのだろうと思います。
最後に。
健次郎と過ごした今日の話はこちらへ。