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今日、健次郎の命日を迎えました。
あれから1年が経ったのです。
今朝は今までの暑さが嘘のように涼しくて。
でも、去年と同じような薄曇の日でした。
朝、目が覚めた時の感覚が、去年のあの時と
少しだけ似ていて・・・いつもとは違う切ない気持ちもありました。
私は、健次郎が亡くなった時の事はホントあまり思い出さず、
いつも楽しかった時の事を思い出すことの方が多いのだけど、
やっぱり今日は、今日だけは、あの朝の事も思い出しました。
今、その時の事を少しだけ振り返って話すとしたら、
私は、健次郎の呼吸が止まっているのを確認した時、
『ああ、ついに別の世界に行ってしまったんだね。』
と、そう思いました。
その少し前の容態から、健次郎の旅立ちがそう遠く無い事は
分かっていたし、自分なりに少しずつ心の準備はしていたので、
不思議と動揺するとかは無かったと思います。
それとね。
今だから・・・きっと初めて書くことかも。
健次郎を荼毘に付したのが当日だった事。
kinと私がその日休みだったというのもあったけど、
実は私の中ではそれだけじゃ無かったの。
何度かこのブログで書いたけど、健次郎は若い頃ずっと
やんちゃで、めちゃくちゃ元気でワイルドで・・・
だから、動かない健次郎を見るのが本当はちょっとだけ
辛かった。切なかったのです。
去年の記事に書いた様にまだ一緒にいたいという気持ちもあったけど、
早くお空に返してあげたいって言う気持ちも心の中にあって…
だからその日のうちに、健次郎を空へ返しました。
でも、健次郎はもっと傍に居たかったかな、と後から
思ったりすることもあった。
だけど、姿形ではないところで、私と健次郎は繋がっている。
そう信じていた(信じている)ので、今でもこの事は
後悔してはいません。
健次郎と過ごした20年ちょっと。
今思い出しても、本当に幸せでした。
多分、来年も再来年も、きっと同じ事を思い、
健次郎の命日を過ごすのだろうと思います。
最後に。
健次郎と過ごした今日の話はこちらへ。
また大切なお友達のにゃんこがお空へいってしまいました…。
健次郎を通して、このブログで知り合いずっと見てきた仔。
猫ちゃんのお母さんと私は共通点もあり、健次郎の事では
本当に沢山お世話にもなりました。
去年、健次郎の旅立ちの時も、私の寂しさを救ってくれた。
この季節に、お別れだなんて・・・
まだまだ頑張ってくれると信じていただけに、
受け入れ難い事実です。
健次郎。
キミの命日が近いから、こっちへ帰ってきているんでしょ。
もしまた虹の橋へ戻るときは、道案内してあげてね。
でも、きっとまだまだ家族と一緒にいたいよね。。。
それなら先生君の傍についていてあげて・・・
本当にお別れは悲しいです。
先生君のご冥福を心よりお祈り申し上げます。